陰として豪雨

理系浪人生の日記→理系東大生の日記

拾伍話 穴埋め

本郷校は6/11から授業再開です。基礎シリーズ全12講のうちわずか1/3のみですが、ようやく対面授業がはじまるのは嬉しいことです。僕の場合、苑田師以外の講師はすべて映像授業と異なるのでどんな講師なのかワクワクしています。

こんな状況ですが、浪人生活ももうすぐ一つの峠である夏に突入しそうです。これまでこれといった進捗は生めていないような気がするのですが、時間は無慈悲に過ぎていくものですね。最近浪人のつらさについて思うこととして、現役生との差別化を図ろうとしてしまうということがあります。現役で合格できることに越したことはないのかもしれませんが、それでも浪人したからこそできることをしようという気持ちは、多くの浪人生が共有しているものだと思います。僕としても、現役時は合格すれば何でもいいやっというくらいに考えていたのですが、流石に浪人している今では確実に合格するための勉強をしようというような心持に変わってきている気がします。そのせいで、ある種完璧主義的な傾向が強まってきているように思います。たとえば、一日に6講座分の予習をしようと計画して、4講座分でも達成できれば実際十分なくらいに(きつめに)計画をたてたときに、5講座しか達成できなかったときのストレスが半端ないというようなことがあります。他にも、朝起きるのが2時間遅れただけで、計画の完遂が困難になり(そんな計画たてるのが悪いんですけどね)すべてのやる気が消滅してしまうというようなこともありました。実際は現役生に対してもある程度のアドバンテージがあるはずなので、ゆっくり普通に勉強していくだけでも秋くらいまでに十分な実力がつくような気もするのですが、いかんせん受験勉強以外にやる(べき)ことがないので、なんとなくいつも焦燥感に追われているような感覚があります。

勉強内容の面でも、いわゆる範囲外の発展的な事項についてもしっかり理解しなければならないのではないかという圧迫感があって、むしろ本筋をつかむというところを阻害している気がします。些末な事項に気をとられて根本的な理解が必要なところがおろそかになっては元も子もないんですけどね。とりあえず苑田師の「こんなの世界の常識だから」に日々撃沈させられています。全然常識じゃありません。